東京地方裁判所 平成9年(ワ)2872号 判決 1997年7月25日
原告
井手靖雄
右訴訟代理人弁護士
山田義郎
被告
城南信用金庫
右代表者代表理事
真壁實
右訴訟代理人弁護士
市来八郎
同
亀井時子
同
浅井通泰
主文
一 貸主被告と借主訴外株式会社オー・ブイ・フーズとの間の平成二年八月三一日付金五〇〇万円の金銭消費貸借契約に基づく訴外株式会社オー・ブイ・フーズの被告に対する債務につき、原告の被告に対する連帯保証債務が存在しないことを確認する。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文同旨。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 被告は、原告に対し、主文第一項記載の債権を有すると主張している。
2 訴外株式会社オー・ブイ・フーズ(以下「訴外会社」という。)は、飲食資材販売を業とする株式会社である。
3 被告は、訴外会社に対し、平成二年八月三一日、五〇〇万円を次の約定で貸し付けた(以下「本件貸金」という。)。
ア 弁済期 平成五年八月三一日
イ 利息 年8.6パーセント
ウ 遅延損害金 年一四パーセント
エ 手形交換所の取引停止処分を受けたときは、当然に期限の利益を失う。
4 原告は、被告に対し、同日、前項の債務につき訴外会社と連帯して支払う旨を約し、その旨の保証契約(以下「本件保証契約」といい、これによる債務を「本件保証債務」という。)を締結した。
5 訴外会社は、平成三年一〇月八日右3のエの取引停止処分を受けたので、本件貸金につき、期限の利益を喪失し、被告は、訴外会社に対し、本件貸金の残元本金三六三万〇八二四円及びこれに対する同月九日から完済まで年一四パーセントの割合による遅延損害金の全額につき履行期が到来した。
6 右履行期の到来から五年が経過し、本件保証債務の主債務が時効により消滅したので、原告は、被告に対し、平成九年三月三日、本訴状の送達をもって、右時効を援用する旨の意思表示をした。
7 よって、主文同旨の判決を求める。
二 請求原因に対する認否
すべて認める。
三 抗弁(信義則違反)
1 原告は、訴外会社の取締役であり、被告において、本件貸金の主債務者である訴外会社及びその連帯保証人である訴外会社の代表取締役小笠原泰志(以下「小笠原」という。)からの債権回収が見込めない状況にあることを知悉しながら、被告との間で、平成四年三月ころ、本件保証債務につき、同年四月から毎月一万五〇〇〇円、ただし八月と一二月は各五万円宛分割する旨の分割弁済契約を締結し、この契約に従って、同年四月二三日から平成八年一〇月一五日まで通常月は一万五〇〇〇円、八月と一二月には五万円の弁済を履行した。
2 被告は、原告の誠意を信じて、右分割弁済契約をもって本件保証債務の一括弁済を猶予し、その後の右分割弁済を受けることによって時効の援用の余地はないと信じていたものであり、原告は、本件保証債務につき原告独自の利益をもって支払当事者として右分割弁済契約を締結し、本件貸金の主債務の消滅時効の完成と関係なく、右弁済を履行し続けていたものである。
3 右のような原告が本件貸金の主債務の消滅時効を援用して本件貸金に係る一切の債務を免れることは信義則に反し許されない。
四 抗弁に対する認否
原告が被告主張の分割弁済をしたことは認めるが、その余は否認する。被告主張の分割弁済契約なるものは、本件保証債務の単なる支払方法の変更にすぎない。
第三 証拠<省略>
理由
一 請求原因について
請求原因事実は、当事者間に争いがない。
二 抗弁について
1 右請求原因事実、証拠(甲一ないし三、四及び五の各1、2、六、乙一ないし三、四の1、2、五、六)並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
原告は、東京都所在の訴外会社の取締役であったが、代表取締役である小笠原との会社経営方針の違いから、平成三年四月に訴外会社を退職し、佐賀県鳥栖市に帰郷した。原告は、同年一〇月、被告からの内容証明郵便によって初めて訴外会社の倒産を知り、その後、浜銀ファイナンス株式会社(以下「浜銀」という。)からの電話によって初めて小笠原が自己破産の申立てをしたことを知った。その当時、原告は、訴外会社を主債務者とする保証債務の元本金として、被告に対し三六三万〇八二四円(本件保証債務)、浜銀に対し一九四六万七二二〇円、小島栄(以下「小島」という。)に対し一〇〇〇万円の債務を負っており、各々の請求に応じて、被告には通常月は一万五〇〇〇円、ボーナス月である八月及び一二月には五万円を、浜銀には毎月一万円ずつ、小島には毎月三〇〇〇円から三万円ずつを支払った。
右のうち、被告に対する分割弁済については、格別の契約書を作成したわけではなかったが、平成四年二月に、原告が被告に対し、資力がなく到底一括弁済することが不可能であるため右程度の分割払によることを手紙(乙四の1、2)で申し入れたことから、被告において暫定的にこれを了承する旨の返信(乙五)をしたことによるものであった。
その後、原告は給料の大半を訴外会社の前記負債に充ててきたが、その元本がほとんど減らないため、任意整理または自己破産の申立てをしようと思い、平成八年一一月、原告代理人の事務所に赴いた。その結果、本件保証債務及び他の保証債務の主債務が時効消滅していることが分かったが、以後支払いを完全に断ち切ることは右債権者らに対して申し訳ないとの気持ちから、原告代理人を通じて右債権者らと交渉に当たった。その結果、浜銀及び小島については、原告の連帯保証債務が消滅していることを確認した上で、浜銀に対して三三三万二三四二円を、小島に対して一六六万七五五三円を解決金として支払い、円満解決した。しかし、被告は、消滅時効を援用した上で解決金を支払う旨の原告の申入れに応ぜず、あくまでも残元本二四六万〇一二六円全額の支払を要求したので、円満解決が困難となり、本件訴訟に至ったものである。
2 以上の認定事実及び前掲各証拠に基づき判断する。
本件保証債務の主債務の消滅時効が平成八年一〇月八日の経過によって完成していることは当事者間に争いがないところ、被告主張の分割弁済契約なるものは、右認定のとおり、原告に資力がなかったため、暫定的に本件保証債務の履行を猶予していたにとどまり、これを超えて、原告において、主債務の消滅時効が完成しても本件保証債務については履行するという確定的な意思を表明したものであることまでを認めるに足りる証拠は全くない。したがって、保証債務の付従性からして、訴外会社が主債務の時効援用により債務を免れ得る以上、原告において主債務の時効を援用して保証債務の消滅を主張することが信義則によって妨げられることはないというべきであり、本件において、原告の右援用が信義則に反すると認めるに足りる事情は全く認められないというほかない。
3 右のとおりであるから、被告の抗弁は採用できない。
三 よって、本訴請求は理由があるから、主文のとおり判決する。
(裁判官伊藤剛)